10年後の『Hedwig and the Angry Inch』

ひさしぶりに映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2001,米)を観てみた。

1回目は渋谷のシネマライズで観たから…日本公開の年を調べてみると、2002年。

実に10年ぶり。


その10年のなかにどっぷりと、わたしの「20代」がある。


10年ぶりに観た「HEDWIG AND THE ANGRY INCH」は、記憶のなかのそれとは若干異なる色合いで、劇中の「響く箇所」も、当時とはかなり変わっていた。


***以下、いわゆる「ネタバレ」を存分に含んでいるので、これから観る、という方はご注意!!!***


10年前の初見時は、もう、とにかく、「The Origin Of Love」という曲の存在感に打たれてしまった感じで、「映画・ヘドウィグ」というと、まず劇中で同曲が流れている場面のアニメーションが がつーん、と頭に想起されてくるくらいのインパクトだった。

それはまさに、雷のような衝撃で。


わたしの場合、運命なんたらとかロマンチック系のものには、まったくもって興味がないのだけれど…押し付けるでも諭しつけるでもなく、愛の、セックスの、起源を神話的に織っていき、

♪The origin of love と、

「これがわたしの真実です」と、

コトン、とそこに真実を”置く”ような、そんな、ジョン・キャメロン・ミッチェルの抑えた歌声もあって、心の奥深い部分を、ぐっと動かされる感じがあった。


冬の冷たい部屋のなかで、温かい”一片”をきつく抱き締めまた抱き締められることの還っていくような安堵感、その個人的リアリティにロマンチックな伝説が輪郭を与えてくれる感じ、だったかもしれない。


そして、その他の怒涛の曲群と詩的な映像の連続に、また圧倒されて…


翻って今回。

初見時にはさほど強い印象を残さなかったいくつもの場面が、激しく胸を締め付けた。


ラストも、10年前にはそれほど切ない印象を残さなかったが、今回はもう、やるせなさと切なさに、心を押しつぶされたような感じが後を引いている。


これはおそらく、わたし個人の現在の状況と感情がオーバーラップしているせいであって、わたし自身が今の状況を脱した後に再び見れば、また違った感想をもつだろうと思う。

(本来、悲惨な結末という制作意図でもないだろうし…)


具体的なシーンを挙げていくと、まず、最初の夫との別離、それに追い討ちをかけるかのように、テレビが「ベルリンの壁崩壊」のニュースを伝える場面。

歴史的にみればむしろ明るいニュースなのだろうけれど、旧東ドイツに生まれ育ち、結婚・渡米に際して性転換手術を受けたヘドウィグにすれば、単純にハッピーなニュースではないだろう。

これまでの人生での重要な選択、その前提となっていた条件が崩壊するというのは、過去という再構築し難いものにヒビを入れられるような、虚無感に襲われる出来事だったのではないだろうか。


その後の、度重なる出会い・苦難・半ば自爆のような別れ…

それらが反復するストーリー展開にも胸が痛んだ。


さらに強く心に迫ってきたのは、物語の終盤、「Exquisite Corpse」演奏中のフラッシュバック表現。

映像と音楽に心ごと奪われてシンクロする感じがした。


途中ふと、「怒るべきだったんだ」と思った。


この場面にシンクロする、わたしのなかの個人的感情は、「怒り」という最も適切なかたちで表現できなかった記憶の腐乱死体なのだ。きっと。


ヘドウィグは、ギターを叩きつける。

自ら衣装を激しく脱ぎ裂き、両胸に忍ばせていた赤い果実を捻り潰し、トレードマークのウィッグをとって、華奢な首筋と肢体を露わにする。

泣いている姿は、まるで少年のようで……


人格ごと傾けて愛したトミーは、ヘドウィグが忌み嫌った”同曲異バージョン”の歌詞で、ヘドウィグにそっとgood・byeを残し、ステージへと去っていく……なんかもう、もうやだもうやだもうやだっ!!ってくらい切ないよ…


唯一の救いのように、歌が、そしてヘドウィグ自身が、美しい。


10年ぶりに観た今回は、「The Origin Of Love」の場面よりむしろ、ラストに近い場面で「Midnight Radio」を歌うヘドウィグの美しさのほうが、強く鮮烈な印象を残した。

 でも違う。違うんだ、これじゃない。ヘドウィグが求めているのは美しさなんかじゃないんだ!!

とヘドウィグ本人でもないのに、わたしが勝手に叫び出したい衝動に駆られる。

(我ながら、ほんと乱暴で無粋な映画の味わい方だな…苦笑)

その美しさにあこがれ、それを自ら手にしたいと思っているであろう、イツハクの視線も嫌になるくらい目に付く感じがした。


”再び生まれた”ばかりのような姿で、街角にひとり歩き出していくヘドウィグ。

その後ろ姿と呼応するかのような、「The Origin Of Love」。

物語冒頭のバンドver.とは異なり、ヘドウィグの歌声とアコギだけで、鉛筆デッサンのように奏でられている。切なすぎる……


性転換手術の失敗。その結果、ヘドウィグの両足の間に残された「THE ANGRY INCH」。

10年前に観たときは「ヘドウィグを象徴するバンド名」ということ以上に思い及ばなかったが、「ANGRY」はこの映画を貫く、テーマというか、ベースなのだと、今は思う。


それは同じく、この映画にどうしようもなく心惹かれてしまうわたしのような人間にとってのテーマでもあるような気がする。